スピードスケート
Speed Skatingびっくりスタート!トルネード及川
<メダル候補たちの武器:及川佑(1)>
バンクーバー五輪のスピードスケート男子500メートル代表の及川佑(28=びっくりドンキー)が、磨き上げた「トルネードスタート」で悲願のメダルに挑む。腰のひねりからの反動を利用して飛び出すスタートは世界最速といわれる。持病の腰痛を悪化させかねない、もろ刃の剣のスタート法が、同種目の日本記録保持者でもある及川の最大の武器になる。
スタート時の及川は正面から見ると、背中が見えそうな格好になる。元大リーガーの野茂英雄のトルネード投法のようだ。体が進行方向に正対するのが現在のスピードスケート界の主流。すぐに滑走体勢に入れて無駄がない。だが及川は進行方向に対して横向き。そこから腰をひねって、号砲とともに飛び出す。「僕ぐらいひねっている人はいないと思う。マネできないと言われる」。このトルネードスタートで、世界トップの100メートル9秒4台のスタートタイムを連発する。
我流のひねりの動作は、誰もがメリットがあるわけではない。「普通の人は前を向いてそのまま出た方が速い。でも僕の場合は姿勢が安定する。そしてバネのような感覚で出られる。バネを押さえて離したらポンと弾くような」。姿勢さえ安定すれば、あとは自然に勢いよく飛び出せる。「大きいミスは年に1、2回ぐらい」。W杯では毎回のようにトップ3のスタートタイムをたたき出す。
高校時代は無意識だったが、現在と似たフォームだった。03年のW杯初参戦時に「世界とどう戦っていくか考え、スタートで稼ぐしかないと思った」。筋力がつくにつれてひねりの角度が増していった。「高校の時は30度、大学が45度、今は60度くらい」と現在形が生まれた。
独創的なフォームはもろ刃の剣でもある。腰痛を抱える腰に大きな負担がかかる。そのため体ができていないシーズン序盤は、ひねりの角度を終盤の半分ほどに抑えてきた。それすらできない時は、普通の選手のように正対したり、3点スタートを試した。力を発揮できるスタート法がありながら、それを使えないジレンマもあった。
今年はアップ法を変えたことで、腰痛が劇的に軽減。「オフにお笑い番組を見ていて芸人の動きを見ていたら『これだ!』というのがあった」。それをヒントにクネクネするような動きで腰から背中全体を伸ばしてほぐすと、痛みが出なくなった。五輪シーズン序盤戦の昨年12月のW杯ソルトレークシティー大会で34秒27の日本新記録を樹立。100メートルは9秒45だった。「序盤は9秒4台はなかなか出ないのに」。大きな進歩だった。
あこがれのスタートは清水だった。「どうやったらあんなに速くなれるんだろう」。ロケットスタートの代名詞で98年長野五輪で金メダル。体の小ささを感じさせない清水の武器は、高校入学時に150センチしかなかった及川にも勇気を与えた。
世界最速の100メートル通過タイムは、その清水の9秒37といわれる。及川の自己最高は9秒40。「今後、破られない100メートルのタイムを出して、レースも勝ちたい」。昨年3月の世界距離別選手権で滑った五輪会場のリンクは滑りやすかったという。「スタートがレースで占める割合は8割」。万全のトルネードスタートで100メートルを駆け抜けた時、及川にはメダルが見えているかもしれない。【広重竜太郎】
◆トリノ五輪VTR 及川は当時、金メダル候補だった加藤、実績抜群の清水に続く「第3の男」としてノーマークだった。だが、1本目の100メートル通過はメンバー最速の9秒59。全体でも35秒35で4位につけた。2本目もタイムを伸ばし、35秒21。0秒13差で惜しくもメダルには手が届かなかったが、日本人最上位の4位で、各紙には所属先にひっかけて「びっくり!」の文字が躍った。
[2010年1月9日13時46分 紙面から]
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