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西伸幸(下)屋内ゲレンデ育ちが白馬で才能開花

2009年10月28日

 10年バンクーバー五輪のモーグル代表に内定している西伸幸(24=白馬ク)は、自分でスキー人生を切り開いてきた。
 生まれは、雪と無縁の神奈川・川崎市。5歳のころから、父和弘(50)さんに連れられて年に1、2度、スキー場に行った。小学校に上がると、夏場は千葉・船橋市の屋内ゲレンデ「ザウス」に週3度、通った。父の仕事が終わってから、車に乗せられて、午後7時ごろから2時間、滑り込んだ。
 ここで、モーグルに出会った。ザウスのコースにコブはない。「でも、夕方くらいになると、はじっこの方に雪がたまってくる。みんなで同じターンをしていると、溝ができて、だんだんコブになるんです」。やんちゃなスキーヤーたちがコブを自作し、モーグルを楽しんだという。
 競技の面白さに取りつかれた西は、中学3年の夏、決断をした。高校から、白馬に行く―。親を説得し、単身で雪国に乗り込んだ。16歳での1人暮らしは「ちょっと大人になったようで、楽しかった」が、限界も感じた。食事、洗濯、練習、勉強を1人でこなしたが、すぐに仲間のたまり場になった。
 環境を変えるため、高校1年の11月には、ペンション「ひばり」に下宿させてもらうことにした。食事や洗濯の負担が減り、より競技に集中できるようになった。「筋トレをしっかりやったら、成績が出始めた。僕のモーグル人生の中で、一番伸びた時期です。全日本選手権にも出られたんです」。03年3月のジュニア世界選手権で優勝し、同年12月にはW杯デビュー。このころから、世界舞台が身近になった。
 川崎で生まれ、ザウスで育ち、白馬で花を咲かせた。第2の故郷になった白馬の「ひばり」には、時々立ち寄り、線香を上げる。ペンションの主人だった久保郁夫さんは07年4月、59歳で亡くなった。「いろいろ、思い出はあります。1回、すごい怒られたことを、覚えています。友達と遅くまで遊んでいたとき、すごく怒られました。スキー場への送り迎えをしてくれたり、いいおじさんでした。おじさんに、金メダルを持っていきたいんです」。
 中学を卒業し、なじみのなかった土地で、面倒をみてくれた白馬の父。初めての五輪となるバンクーバーで、思いっきり滑ることが、恩返しになる。【佐々木一郎】(終わり)

 ◆ザウス 正式名称は「ららぽーとスキードームSSAWS」。93年7月から02年9月まで営業していた。高低差約100メートル、長さ500メートル、幅100メートルと、屋内スキー場では世界最大規模を誇った。所在地は千葉県船橋市。現在は跡地に、大型家具店「IKEA」が営業している。


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