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超ハイレベル金争い チャンスは十分

2010年2月25日

<バンクーバー五輪:女子フィギュアスケート>◇23日(日本時間24日)◇パシフィック・コロシアム

 五輪の舞台で、浅田選手と金選手は素晴らしい演技を見せてくれました。五輪は他の国際大会と、まったく会場の雰囲気が違います。熱狂が渦巻く感じと言ったらいいのでしょうか。私自身は出場した88年のカルガリー五輪で、その雰囲気に圧倒されたことを覚えています。その中で、2人が自分の世界をつくり上げたことに感服しました。

 浅田選手は、少しだけ硬かったかもしれません。今季、1度も決めていない冒頭の3回転半からの連続ジャンプに集中し、慎重になっていたように見えました。しかし、その結果、五輪の舞台で見事に成功したのですから、まったく気にすることはありません。

 その点、金選手は、最初から良い緊張感の中で、流れに乗った演技ができていました。浅田選手が難しい構成を完全にこなすことで点数が出るプログラムだとしたら、金選手のプログラムは流れに乗って見せる構成に重点が置かれています。それが五輪の舞台で、うまく働いたのではないでしょうか。少しだけ硬かった浅田選手と、流れに乗った演技ができていた金選手。その少しの差が、得点差となって表れたと思います。

 しかし、浅田選手が最大の武器である3回転半を決めた自信は大きい。他の演技もほぼ完ぺきで、最高の状態でフリーに挑めます。前回のトリノ五輪ではSP1位のコーエン(米)と2位のスルツカヤ(ロシア)がフリーで崩れました。浅田選手がフリーを取りこぼしなく滑れば、十分に逆転のチャンスはあります。最高のパフォーマンスを見せることで必ず結果はついてきます。(カルガリー五輪代表。プリンスホテル所属)


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評論家・八木沼純子
八木沼純子(やぎぬま・じゅんこ)
 1973年(昭48)4月1日、東京都生まれ。5歳でスケートを始め、88年世界ジュニア銀メダル。同年カルガリー五輪代表となり、94年NHK杯では3位に食い込んだ。95年世界選手権を最後にアマチュアを引退しプロに転向した。元内閣総理大臣の松方正義の玄孫。早大卒。159センチ。

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