上村愛子(下)世界が研究する美しい滑り
2009年7月29日
上村愛子(29=北野建設)は、ライバルたちの視線を感じながら滑っていた。6月下旬からカナダ・ウィスラーで行った合宿中のこと。米国やカナダなど同地に集まっていた海外の有力選手は、上村が滑るたびに動きを止め、その滑りに目を凝らしていたという。3月の世界選手権でモーグルと、デュアルモーグルを制した上村のテクニックを盗もうとしていたのだ。
合宿に同行した全日本チームの高野弥寸志ヘッドコーチは言う。「上村の滑りを研究していたようです。でも、そんなに簡単にできるもんじゃない」。上村は「気にしてもしょうがない。そういう対象になるのは、うれしいことです」。研究されていることを前向きに捕らえている。
それほど上村の滑りは、女子モーグル界の最先端にある。最大の武器は、カービングターンだ。カービングとは、スキー板を横にずらさず、雪面をエッジでえぐるようにしてターンすること。レーシングカーで後輪を横すべりさせて曲がるドリフト走行のようなボーゲンとは対極にある。ひざをそろえてコブを1つ1つ、スムーズに通過するさまは小気味よく、芸術的とさえ言われる。
上村らカービングターンを得意とする選手が出現し、今の国際スキー連盟(FIS)には、こういった滑りを高得点で評価しようという流れがある。以前は、ターンでは差がつきにくいとされ、エアがクローズアップされた時期があった。3D系(縦横を組み合わせた回転技)が解禁になると、上村は成績不振に陥り、03-04年シーズンは、W杯で1度も表彰台に上がれなかった。その後、3Dエア「コーク720」を身につけて復調したが、今は封印している。高得点を望めるハイリスクのエアより、着実にターンで稼ぐ方が勝てる。それを、3月の世界選手権で証明した。
だが、かつてFISは、ジャンプやノルディック複合で、日本が勝つたびにルールを変更し、日本は憂き目に遭ってきた。モーグルは92年アルベールビル五輪で正式種目に採用された新しい種目ゆえ、採点の傾向は少しずつ、選手の技術向上とともに変化している。今シーズンからルールが変更されることはないが、高野ヘッドコーチは、「上村は点が出過ぎだ」というような、審判サイドからの「反動」が出てくるのではないかと心配している。
FISのA級ジャッジの資格を持ち、バンクーバー五輪でも審判を務める田中千香子氏は「上村選手が、自分の滑りをすれば心配することはありません。あのテクニックが、来年になって評価されないことはあり得ません」と説明する。上村は、上村らしく滑ればいい。「一体どうすれば、オリンピックの表彰台に立てるのか、謎です…」。5位に終わったトリノ五輪では、そう漏らしたが、どうすればメダルを取れるのか。その謎はもう、解けるはずだ。【佐々木一郎】
◆モーグルの採点 ターンが15点満点、エアが7・5点満点、タイムが7・5点満点の計30点満点。ターンを採点する審判は5人で、各審判が5点満点で採点し、最高点と最低点を除いたものを足して出す。エアは2人の審判がそれぞれ、2・5点満点で採点し、難易度を掛け合わせ、第1、第2のエアの点を合計する。タイムは、コースの長さを係数とする公式に当てはめ、自動的に計算する。
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