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及川佑(上)「恋人」と目指す本物メダル

2009年8月05日

 「第3の男」として臨んだスピードスケート男子500メートルで4位に入賞したトリノ五輪から3年半。及川佑(28=びっくりドンキー)はバンクーバー五輪で“本物”のメダル獲得を狙い、現地の五輪会場で滑り込んでいる。
 及川は札幌市内の自宅に「メダル」を大事に保管している。金色に輝き、デザインも本物同様だが、レプリカであって本物ではない。トリノ五輪で日本人最高の4位。帰国後、両親から「金メダルに値する頑張りだった」と贈られたものだ。その裏には「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」の4文字が彫られている。
 バンクーバーでの代表合宿に出発する直前の7月中旬。及川は「メダルを取った人は、それだけの思いを込めた人。取るべくして取っていい人が取る。『これに満足するな』ということだと思う」。
 トリノ五輪への階段は、まさにサクセスストーリーだった。山梨学院大時まで無名。4年時のインカレで初優勝しても現役続行の道は見えなかった。就職活動の役員面接で「スケートで五輪を目指しています」と告白。社長の理解を得て、たった1人のスケート部員として活動した。五輪前年シーズンのW杯で初めて表彰台に立ち、五輪本番では金メダル候補の加藤条治らを抑え、主役を奪った。
 だが、メダル獲得に十分な態勢ではなかった。練習パートナーとなる後輩の部員は1人だけ。コーチは不在。練習上の確保や練習メニューの作成も自らやらなければならない。五輪後、すぐにコーチを探した。
 依頼したのは同い年の菱沼雅仁さんだった。中長距離の選手で、大学時代までの実績は自分より上。高校3年のころから知る友人なら「お互いに話し合いながら成長できる」という確信があった。故障で選手を引退し、就職が決まっていた菱沼さんを「バンクーバー五輪でメダルを取りたい」と、口説き落とした。
 「恋人か、というぐらい一緒にいる」という菱沼さんとは、なれ合いになっても不思議ではない。だが、練習方法をめぐって激論も交わした。調子が上がらず強引な滑りをすれば「ケガをするぞ」と戒められ、冷静になれた。「何を食べるかで言い合うこともある(笑い)。でも同い年だから言えることもある」と緊張感を保っている。何より菱沼さんを自分の夢に引っ張り込んだことで「考え方が変わった。自分の成績次第で彼の人生も変わる」と自覚が生まれた。
 新たな環境で、07年3月には500メートルでW杯初優勝を飾り、世界距離別選手権では銀メダルを獲得した。トリノ五輪と同じ「第3の男」という立場だが、ビックリマークがつくような存在ではない。
 この3年半、「メダル」の裏に刻まれた4文字をかみしめながら滑ってきた。「臥薪嘗胆」には復讐(ふくしゅう)のために耐え忍ぶこと、また、成功するために苦労に耐えるという意味がある。「メダリストと入賞は違う」。バンクーバー五輪で、その思いを結集させるつもりだ。【広重竜太郎】

 ◆及川佑(おいかわ・ゆうや)1981年(昭56)1月16日、北海道池田町生まれ。高島小1年からスケートを始めて、池田高、山梨学院大を経て、03年春に(株)アレフに入社。五輪種目ではないが、100メートルでは無類の強さを誇り、W杯通算9勝。家族は両親と兄、弟。172センチ、73キロ。


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